窓の外から雨音が聞こえる。僕の生まれた日は晴れていたらしい。暑くてたまらない、そんな日の昼間に僕は生まれた。「洸」という字は、水面に光が当たる美しい光景から、「樹」という字は、父親が自然を愛していたから。30年が過ぎて、夜が更けたこの安アパートの窓に、光は差し込まず、弱い雨音だけが響き渡る。そしてMacBookのキーボードを叩く無機質な音。IKEAで買った安い蛍光灯の灯り。散らかったプリントや教科書、飲みかけのレッドブルと食べかけのロールケーキ。そこに自然を愛する僕は見当たらない。
2024/5/20 若い頃の自分になんてい言うだろう より
少しく君の胸元から谷間が覗かせているのに気づき(もちろんそれは君が用意した罠だ)、僕はそれに夢中になって、もっとそれを見たい、より鮮明にそれが見えるような角度を探す。顔が異様に上下して、黒目が不自然に下方向へスライドしていく様子を君は間違いなく感じている。魚が餌にかかる様子をこうも間近に見れるものかとほくそ笑んでいるはずだ。それでも僕は、夢中になって胸をほんの少しでも鮮明に見えるような角度を探していく。もちろんどう頑張っても同じようにしか見えない。どんなに角度を変えても見える範囲はほとんど変わらない。高等数学を存分に使って計算された罠のようにさえ感じる。もしかしたらこちらの角度からならもっと見えるかもしれない、と試行錯誤するうちに、君はスラリと立ち上がって夢はついえてしまう。
2024/7/2 魅惑的な女性 より
僕が歩んでいくその先までも、追いかけてくる。
僕の影が追いかけてくる。
死ぬまで追いかけてくるのか?
そんなの御免だね。
なんとか逃げ切ってやりたい。
僕は誰もいないところに逃げ切ってやりたい。
影のない光だけの世界
そんなのが存在するか?
もうやめてよ。
いつまでも終わらない漫才。
ええ加減にしろ。
終わらない。
もういいって。
終わらない。
終わらない物語。
2024/6/27 end roll fiction より
不安を何かで埋めないとやっていけなくなる。なんとか抜け出したいけど抜けられない。不安を情報で埋めてるんだ。ぽっかりと空いた心の隙間を、情報という空疎な文字列で埋めている。僕らの時代は、情報の洪水の中にある。それは素晴らしいことであるけれど、逆に無意味な情報も受け取っている。そして無意味な情報によって心が保たれている。情報が心の穴を埋めてくれいる。情報があるうちは不安が顔を覗かせることはない。ずっと情報の洪水の中に身を置くことで重要なことから目を背け続けられる。軽薄なネット記事、低俗な動画、ありきたりなネタ。使い古された笑い。無限に情報が溢れている。やろうと思えばいくらでも情報を追いかけることができる。考えたくないことを後回しにできる。情報の洪水にずっと使っているとだんだん暖かく心地よい気分になってくる。
2020/5/7の日記 より