2025/10/22 日記

しかしまぁ石破氏の天下も一瞬のうちに過ぎ去ってしまったな。昔からテレビによく出ていて雄弁に安全保障について語っているところを見たら、保守派政治家として活躍してくれるんじゃないかと期待してたけれど、そうはならなかった。人脈がなかったな。あと話が回りくどいし、ヌルヌル細かいこと論じているわりには中身がないし、まぁあの参院選の結果を見たら強気には出られないだろうけれど、それにしても弱気で中途半端な印象しかなかった。だんだん見ているうちにあの仏頂面の顔に腹が立ってきたりそのブサイクな立ち姿にもイライラするし、何よりあのポカンとした正気のない、うつろな目つきを見たら中身はどうこうよりも、日本の顔として不相応であろうとは誰もが思うことじゃないか。人格攻撃なんてまぁくだらないにしても顔を見るだけでも腹が立ってきたね。

新総裁は高市氏で総理になるまでに色々奔走したようだけれどなんとか首相の座についた。安倍氏の政策を受け継いだ真の鷹派ということだけれど、いったいどこまで強気でいられるのか見ものだな。さっそく靖国参拝は見合わせたようだからいかに保守的な精神を持っていたとしても経済的な結びつきと天秤にかけたら自由に動けようとは思えないがどうだろう。中国や韓国との貿易を縮小してでも保守を貫けるとしたら本物だな。防衛費のGDP比2%要求ということだったけれど、僕が学生の頃は1%超える超えない話をしていたのにいつの間にか二倍になっていたりするのはそれは中国の軍事的な脅威が高まっていたりアメリカの影響力低下というのも根底には潜んでいるのだろう。もう何だかあんまり興味もないから勝手にすれば良いと思った。戦争が起こったら戦地に赴くのは誰だろうね、僕も行くのだろうか、31歳は軍役を免れるということはあるのか。痩せすぎで逃れたりとか視力が悪いからとか健康上の事由で免除となりはしないか。全て夢物語のようで、ついそこまで迫っている驚異のようにも感じなくもない。この時代に大和魂なんて流行らないだろうね、中国と一戦を交えれば一瞬にしてこの国は支配されるだろうに、いやはやもうすでに地方の方は中国に土地を買い占められているとかなんとか、中国の電子機器を使用すれば多くの情報が筒抜けになっているだのなんだの。いやいや先史以来日本に上陸戦で勝利した国はないのだから本土占領の心配は全くないという識者もいたりいなかったり。どちらにしてもこの数十年の日本の体たらくでは戦火を交えるまじえないに関わらず、輝かしい未来は想像できないと思う。しかし、真の保守主義とはなんだね。防衛費を増額することか?靖国を参拝することか?戦地に向かうことか?切腹することか?あぁ神風特攻隊のように望のない戦に勇ましく挑むことか!いやぁわからない、僕に聞いたってよくわからない。この国を守ること、日本のかけがえのない伝統文化を守ることは素晴らしいことだと思うし、僕自身も保守にかぶれていた時代もあるのだけれど、どうにも理想と現実が合致しない状況に何時ぞやか嫌気が刺してきて、それでリベラルに移って哲学を学んで西洋思想を齧った。それでもまた古典的な美の真髄に触れるにいたって日本的なるものの復活を望むの心あれども、もちろん俗世と合致せず。いつまでもこの繰り返しであって発展も後転も有らない。形はもはやどうでもよくって、その中身、精神性や心持ちで十分ではないか、というよりそこにしか純粋な日本を見出し得ないということでもあるし、先史以来紡いできたこの国の豊かな文化を精神性においてだけでも捉えて伝えていくこと、つまり文化芸術の振興が最も重要である、ということだ。

さて、やっと島崎藤村の小説を読み終えた。ページ数1300という長編小説ということで長々くどくど木曽路の歴史について詳細に描写されていたのもあって、後半の悲哀たるや筆舌に尽くしがたいものがあった。主人公半蔵(モデルは島崎の父親)の幕末から明治にかけての騒々しい時代に揉まれながらその純粋な、誰よりも純真なあの心をすり減らせていく様は自分の経験にも重ね合わせながら、そして幕末や明治維新の光と闇に頭をもたげながら考えていくと、僕の心の内奥から溢れ出す沈黙の叫びと呼応しないこともなかった。僕がその当時生きていたらどうだったろう、あるいは僕の祖先はその激動の時代をいかに生き抜いたか(よく考えれば僕らの先祖はその全てがあの時代を生き抜いたのだった!それがただ一つだけの光明!)。最先端の平田国学に染まって尊王の志を持ち合わせながら宿場町の家業を継いで身の回りの家族や百姓らの面倒まで見なければならないというのはまさに発狂ものだったとしか思えない。僕も発狂して最後を迎えていたかもしれないし、これから発狂してクソ合戦なる哀れな晩年を過ごさないとも限らないな。理想と現実。その狭間でいたいけにその純真な心を貫きすぎたためにかえってその心をボロボロにしてしまった。平田国学の理想。いにしえの昔に戻り誠の大和心を取り戻すということ。しかし現実はそのようにはいかなかった。いかに理想が高かろうとも、いやその理想が高すぎるために心をすり減らしてしまうその姿を僕はただの古びれた物語とは思えなかった。翻ってお前の生き方はどうなんだ、お前は志高く大和心の赴くままに生きられているのか、でもその志の強しによって身を滅ぼすことになるのだぞ。出口のない迷路だ。右にいっても左にいっても行き止まりだ、そんな近代文明が到来する直前の「夜明け前」にぶち当たってそれは近代に毒された現代社会でも同じ、いや尚更強まって目の前に映じているかのように感じた。そうすると僕らの未来も発狂だな。