秋風がイチョウの枝葉を揺らす。ひらひら一葉が宙を舞い上がって、澄み切った青空を背景に爽快な景色が広がる。毎日通るイチョウ並木と毎日見る青空が絶妙に合わさると、こうも美しい瞬間が日常の中に潜んでいたのかと思う。何気なく通り過ぎる通勤のありふれた通路が見方によっては彩りを与えてくれる。どこまでも続いていく青空を仰ぎ見ながら、大きく空気を吸い込む。自然の大地からエネルギーをも吸い取るように限りなく肺に自然の大気を取り込もうとしてみる。身体の隅々まで酸素を行き渡らせるようにすべでを吸い尽くす。冷気を吸い込む鼻腔が少しヒリヒリするくらいに空気を吸い込んで全身にそれが伝わっていく感覚を味わう。これ以上吸い込めないというところで止めて、少しづつ口から息を吐いていく。すこーしずつゆっくりと。ゆーっくりと少しづつ。腹部に力を入れてギリギリ出し切れるところまで、最後まで踏ん張って空気をすべて吐き出す。
足元には黄金の芝生のように落ち葉が煌めいていて、そこをわざと踏みしめて、サクッサクッという音を立てて遊んでみる。配慮の行き届いた家の前であると、気を利かせて家の人がすべて落ち葉を掃除してしまうのだけれど、そうでない場所や公園の前の歩道であれば落ち葉は自然のままに積み重なっていく。僕はその積み重なった黄金の芝生を子供のように踏みしめて最寄り駅まで向かう。そんなささやかな楽しみはもうしばらく続きそうで嬉しい。
カフェに行って列に並ぶ。前の人はカマンベールチーズのサンドイッチとカフェオレを注文した。いつもはブラックコーヒーにミルクと砂糖を入れるのだけれど、今日は前の客に誘われてカフェオレを注文してみる。牛乳を飲むと身体にいいような気がするので最近は家でも夜寝る前に牛乳を飲んでいるから、その前借りのようなものだ。喫煙室は程々の混み具合だった。お昼時には満席になることもあるし今日みたいな日曜日だと特に混雑しやすいのではあるが今日はまずまずの客入りだった。なるべく隅っこの席に座るようにする。隅っこではなくてもなるべく全体を見渡せる席につかないと何故だか心が落ち着いてこない。それはどうしてだろうといつも考える。他の人もそういう感覚を抱いているのだろうか。電車の隅であればそれは片側にもたれかかって眠ることができるから楽でそうするのだと思うけれど、カフェの場合は寄りかかって眠るという目的ではないわけだから、どうしてそういう行動を取るのかと言われればよく分からない。でも多分、背後を取られるのがどうにも心もとないのだと思う。
Kindleを起動して電子書籍を読み耽る。コーヒーを飲んで牛乳の濃厚さを味わいながらタバコを蒸す。大して集中できないので1ページ読むごとにコーヒーを飲み、1章終わるごとにタバコをふかす。どんどんタバコの吸い殻が溜まっていって洗い立ての綺麗な灰皿を汚していく。灰皿が汚れていくように自分の肺もけがしているのではないかと思うにつけて、牛乳で養生している分がすべて打ち消されてあまりあるような気がしてくる。健康意識が高いようで高くないのではないか。
店員が定期的に机をアルコール消毒しにくる。カフェだからそれほど汚れる心配はないのだけれど、喫煙室だと灰が散らばって一人の客でも少し汚れるから。店員が来るたびに文章から目を外して顔を確認する。僕の推しではないことを確認してからまた文章に戻る。推しであればそれとなくチラチラ見ながら休憩とばかりにタバコを蒸す。いまだにタバコを吸う男はカッコよく見えると思っている愚か者なのだと思う。
しばらくして退屈になってきたらAirPodsをつけて音楽を聴きながら息抜きをする。ビートルズのアビーロードにハマっている。その他ダウンロードしておいたビートルズのアルバムからいくつかセレクトして聴く。月末になると決まって速度制限ギリギリの生活になるので音楽はダウンロードしておいたものでないと厳しい。最近洋楽を歌詞ありきで聴くのをやめた。歌詞の解釈もやめた。そのままメロディーやリズムに身を任せていればそれでいい気がしてきた。もちろん英語が流暢じゃないということもあるしそもそも大卒なのに英語の文法もよくわかっていないのがややコンプレックスですらあるのでそれもあるし、和訳されたものだってよく理解できないのも相まってそんな面倒なことをするのをやめた。多くの著名な文学者というのは往々にして西洋文学に長けていて語学堪能であって翻訳を生業としていたものも多い。その中で培われた語学力を日本文学に昇華しているのだろうと思うにつけて、英語の文法や構文にあくせくして途中で挫折した自分には到底文学なんて縁遠いと思わないではいられない。中学英語まではできた。高校に入ってからできなくなった。できなくなったというよりやる気を失って継続的に学ぶことをいまだかつてした試しがない。大学になってからも社会人になってからもふと思い出したように英語を学ぼうと志すのだけれど、三日坊主になるのはまだいい方で、ほとんど一日で燃え尽きるのだった。燃え尽きるというよりも、勉強しようと燃え盛る志は常に宿っているのだけれどやる気と気力がついに虚しく消え去ってしまう。志は確かなのだ。これはここで誓っておくけれど、勉強しようという志が確かにあることは疑いがない。誰よりも英語を学ぼうという意欲はある。だがそれを継続的に見た試しがない。
さぁやめだ。外へ出で外気を吸い込むとしよう。根岸線で関内に行く。ブックオフとユニクロと、その他諸々あるから。南口改札を出て地下道を通って伊勢崎町通りに向かう。地下道は相変わらずホームレスが住み着いている。僕が子供の頃からこの地下道にはホームレスがダンボールを敷いて寝床にしていた。汚らしいこと極まりないが地上から向かうと信号にあたって億劫なのでやむなくホームレス通りを横切ることになるのだが、視界に入るだけで不快な思いがする。いつも通りかかるたびになんとかするべきだと思うものの、何をするわけでもなく誰かが何か策を講じてくれるだろうと思って何もしない。多分20年後も30年後もこの景色は変わらないのだろうな、だって変えようとしていないから、君も僕もね。
伊勢崎町の絶妙な賑やかさがちょうどいい。日曜ともなれば人通りは増えるけれども横浜駅の喧騒ほどでもないし、かといって閑散としているわけでもない。多少の治安の悪さは感じないではないが、特に危害を加えてくれたことは一度もないのでおかしな人がいたら目を合わせずに通り過ぎれば良い。右手にユニクロジーユーが見える。その真向かいにはABCマートとそれから有隣堂もある。ユニクロの奥にはブックオフがあってさらに先に進めばドトールがあってもちろん喫煙スペースがあるので人休憩できる。僕の王道散歩コースとなるのは必然だろう。まずユニクロに行って冬用のパンツを探す。寝巻きにもちょっとした外出用にも使えるものがないだろうか。今まではユニクロUのスエットパンツを穿いていたけれどもそろそろ肌寒くなってきたので生地が厚くてできれば裏起毛のような暖かいパンツを安く手に入れたいと思っていた。ニット素材のパンツが2990で悪くはないと思ったが色味があまりピンとこなかったので却下。他はジョガーパンツというのかな、裾が萎んだタイプでどう見ても寝巻き用かスポーツ用にしか見えないのでこれも見送った。アウターは去年購入したカシミア棍のチェスターコートがあるので必要ないと思ったけれども、シームレスダウンが今年はフード無しで展開されていてこれには心惹かれた。どう足掻いてもチェスターコートではこの暖かさには敵わないと一目見てわかる。寒がりの自分としては極寒用のダウンは揃えておきたいところだが、しかし黒の色味がなんだか野暮ったく感じる。黒以外はスーツに合わせることができないので却下。