
インスタグラムを勢いでもって消してしまいました。消してしまった、というと後悔の念が含まれているような気がするけど、まぁ消してしまいました。「別にどうというものでもなかった」という達観した風を装うつもりでもなく、色々思うことはあったけど、ここで(このブログで)自分の気持ちを素直に表出できているので良いということにしよう。終わってしまったことをとやかく言ってしまっても何も変わらないのだから、今の自分を肯定していきましょう。現に僕は生きてしまっている、生きてしまっていることは何にも変えることはできないんだから、後悔していようといなかろうと、これからも僕は生きていくんだから、それを正当化して生きていこう。それがたとえ、根拠のない、思い込みに過ぎなかったり、客観的に正しいとは言えなかったり、他の人から見てどうも辻褄が合わなかったり、いくつかの矛盾を孕んでいたとしても、僕はどうしても生きていきたいから。
そう、僕はどうしても生きていきたいと思う、自分勝手で利己的な我欲にまみれているかもしれないけど、そんな自分を見捨てることはついぞできない。情けないしカッコ悪いと思うけど、本来の正しい生き方だったら、そんな自分にケジメをつけなきゃいけないかもしれないけど、泥臭く生きて、何かにしがみついて生きていくしかないんだと思う。かつての武士道だったり、日本人の潔い美学なるものがそれを阻もうとするのも分かるし、いつだって自分の生き方が嫌になったり消え去ってしまいたくもなるけど、でもそれが自分だし、僕は何よりまだまだ、生きていきたい。なぜかって言われたらよく分からないけど、まだこの世に僕を呼ぶ何某かがある気がしてならないから。あぁ日本の文学といえば、自死の美学だって、そういうのもあるし、自分自身もそういったけじめの付け方は潔い清廉潔白な生き方に思うけど、僕には多分100年早いのだろうし、心底死ぬのは怖いと思う。どうしてもまだ誰かが僕を呼んでいるというある種の錯覚を信じてこれからも僕をあらしめようと思う。

それにしても、僕は生きていて良いのかと思ってしまう。僕の生きる先には幸せのかけらもないのではないかと思えてしまう。それはもちろん自分の、まさしく自分自身の行いによる当然の帰結なのだけど、それにしても僕は、僕自身のことが哀れに思ってしまって仕方ない。でも僕のせいなんだ、そうなんだけど、僕のせいだけど、僕のせいだけど、誰かのせいなんじゃないのかなって、僕を僕たらしめた誰かのせいにしたくてたまらないよ。こんな生き方をしたいんじゃないし、もっと誠実で清廉潔白な生き方をしたいし、幸福になりたいし、誰かのために、誰かの救いになるような生き方もしたいと、そう思っているのだけれど、どうしてだか、他人を憎んだり、蔑んだり、そして我欲にまみれて自己をひけらかそうとしてしまう。

でも本当に人のために生きようとしているんだろうか、いつも僕の僕自身の欲望のために、僕自身の地位や名誉のために、僕のやりたいように生きてしまっているんじゃなかろうか、いやそうではないって、思い切って宣言することはかなわない。多分どこかで僕自身の欲望や自分自身の我欲のために、僕自身を可愛がっているところがあるのではないか、そうだと思う、僕は僕のことが可愛くって仕方がないんじゃないだろうか。いやだな、僕は日本人らしく、他者への自己犠牲をも厭わない博愛主義者でありたいじゃないか。でも最後には僕のアイデンティティーや自分らしさや、僕の我欲をむき出しにして、それらを最優先して生きているのではないか。いやになる。そしてそれが自分だって、開き直って自己を正当化するような、人間らしさを飲み込んで弱さを内包するような生き方も、ありきたりな弱さを曝け出すもっともらしい詩人みたいに自己を貶めることも、ついぞできない。あぁ僕は間違っていたのかな、うん間違っていたんだと思う。申し訳ないと思う。でもその心の奥底に眠る情念までも間違っていたというのは、、、悲しいかな。でも間違っていたんだな。苦しいな、悲しいな、それを全面的に肯定することはやはり間違ってる。僕は間違っていたんだな、でも全面的に間違っていたのか?全面的な間違いだったとしたら、もう僕は何を頼りに生きていけば良いか、ついぞわからなくなるんじゃなかろうか。理性を信じよとでも、いうのかな。感性に従ってはいけないから、理性を信じる、とは簡単な言い方だけど、理性より信頼できないものはないじゃないか、じゃあ何を信じると良いのか、僕が信じるべきは奥底に眠る感性ではなかったか、でもそれが大いに間違いを犯していたということは、もしかしたら全面的に間違っていたのだとしたら、僕に残されたものは一体何なのだろう、苦しみや悲しみにまみれた記憶、虚しい、情けない自分自身の抜け殻みたいなものだけがそこに横たわっていて、他の何ものも残っていない。頼りとなるものが、ない。本当になくなって、ちっぽけな僕自身、嘘つきの理性と嘘つきの感性とともに、、、。
自分の想いが伝わらないということが、悲しくてたまらない。それも僕がもっとも伝わってほしいと思っていた人に対して、全く伝わっていなかったという事実が、苦しくてかなわない。自分の心を癒してくれる人が有らないということ、それもこれも僕の伝え方のせいだというのも分かってる、僕が相手に弱みを決して見せようとしない、見せることができないタイプの人間だから、というのもなんとなく分かってる、でもそれができないんだ、できないの。しようと思ってもできないから、できない。そしてそれによって、僕からほとんど全ての人が遠ざかってしまう。悲しい。僕に残されたもの、それでも希望となるもの、心の支え、なにがある、、。