2026/1/29 今月の所感

2026/1/29 今月の所感

今月はあまりブログを書くことができなかったが、日記を毎日したためていたのでサボっていたわけではない。部屋の模様替えをしてから気分がすこぶるよろしいので、カフェに行ったりユニクロに行ったりインテリアを買ったり本を読んだり文章を書いたり、自分の中では充実した時を送っていると思う。ただそれが何か誰かの役に立つものになったりとか、小銭稼ぎのタネになったりするかというと全くそうはならないのであって、側から見るとどうも無駄な時間を過ごしているように感じるかもしれない。多分去年の今頃の自分と今の自分とを比較してみたところで、大枠の生活は全く異なることがなく、朝昼ゆっくりして夜に授業に行って仕事をして帰ってくるというプロセスが同じだからさも何も進歩のない生活を延々と続けているかのように感じられるのだが、自分の心の中では大きくその充実度が異なっている。今は少しずつ自分のやりたいと思っていたことが出来つつある、それが形になるのにはまだ当分時間がかかるとして、そもそも形にするために日々を送っているのではなくって、心の充実に重きをおいて最近は生活しているような気がしていてそれが自分の中では上手い具合にハマっているのだと思う。

些細な変化ではあるけれど、大きな変化のように感じられることといえば、自分の中に漂う弱々しい性質について日記の中で消化できるようになってきたということかもしれない。なんだか抽象的すぎてよく分からないのだけれど、自分をよく見せすぎることなく窮屈になりすぎることなく、傷つきやすく感じやすい心のうちをそのままに表現していくことができるようになった。今まではその性質を醜いものだと考えていかに覆い隠すか、他の硬質な側面を持ち出してきて、いかに移ろいやすく崩れやすい性質を見ないようにするかということにばかり躍起になっていた。何か問題が生じるとすぐに、哲学的な問題に抽象化して、持ち出す必要のない一般化を持ち出して物事を上から俯瞰して捉えようとするのは、僕の中で高校や大学の頃からの癖なのだけれど、多分それは自分の中にある移ろいやすい性質を認めずに心の奥深くに押さえつけるための方便だったのではないかと最近思い始めた。女性的か男性的かという構図が単純に当てはめられるかはよく分からないとしても、自分の感じやすい女性的な性質というものがどうしても自分の中で飲み込めなくて、そんな女性的な自分をいかに否定して、強く逞しい男性的な要素でそれを押しつぶすことにばかり力を注いでいたのだと思う。それはまたどうしてそんな無意味なことをするのか不可思議でならないのだけれど、おそらく父親の記憶というものが影を落としていると思わざるを得ない。強い男性像が忽然と目の前から姿を消してしまった自分にとって、その影を追い求めるかのように、自分の偽りの男性像によって本来の自分を覆い隠してしまった。そのベールをやっと脱いでも良いのだということに気がついた。いや、早く脱がさなければならない。

身の回りを整えることから始めようと思った。美しい文章を書こうとしたところで、身の回りが美しくなかったらもちろん美しくはならないだろうと。部屋の掃除や模様替えにしばらく躍起になっていて、四六時中部屋のレイアウトのことばかり考えていて仕事も疎かにしてしまうくらいだった。壁紙を替えてタイルを敷き詰めて、机も色を替えて棚もペンキを買ってきてお気に入りの色に塗りたくった。なるべくモノトーンを基調にところどころ観葉植物や絵画を据えて彩りを加える。そうすると棚にごちゃついていたテキスト一式も気になってきて黒いボックスにひとまとめにすることとなった。そうなるとベッド周りのテーブルやウォールシェルフも統一しようということになり、じゃあそれに合わせた照明を追加しないといけないこととなるし、だとしたらティッシュの色も浮いてしまうのでティッシュカバーも考えなければならない、などなど。一つにこだわり始めるとあれもこれもということですべて自分の気にいるような形で変更することを余儀なくされた。もちろん自分が始めたことだけれど、途中から何か違う意志に導かれるようにどんどんどんどん自分の落ち着く環境を整えるためにあれもこれも手を出していくようになった。結果良かったのか悪かったのかはもちろん金がかかったことは言うまでもないけれど、それよりも心の平穏をそれに引き換え手にすることが出来た気がする。それになんというのかな、お金を使うことによって心の血の巡りが良くなったような感覚があった。お金を貯めて何物にも使わずに貯金をするというのは今の日本の美徳ですらあるようでもあるけれど、それがなんだか心に何某から滞留して何ものも動かなくなって窒息気味になっているかのように感じられてきた。それがお金を消費することによって心の行き止まりが滞りなく開け放たれて、どんどん血が巡っていく感覚、もちろん爽快な感覚が体を駆け巡ったようだった。

あまりにもポジティブすぎるので負の側面をかくべきだと思った。金がなくなった。他人に疎まれた。怠惰な自分がこんな生活をしていいのかと思った。罪悪感に苛まれた。一部の部屋が散らかった。目に見えていない部分が散らかった。綺麗な部分を拵えるということは汚い部分も同時に醸成された気がした。いくつかの敵を作った。嫌われた。自分を受け付けない人間が増えた。身近な人間には影をもたらしたかもしれない。

自分は宿命とかカルマとか、自分が背負うべき課題がそのようなものだったのだと思い込むようにするしかないと思った。僕だってもっと平穏で安定した生活を送りたいと思っていた。大企業に勤めて安定した地位を保って家庭を築いて幸せな生活を送りたいと切に願っているのだけれど、そうはならないのはそういう宿命にあるとしか思えない。それがこのような側から見ると悠々自適な生活のように思われてしまうのが悲しくもあるのだが事実でもある、でもこれは多くの人に求められていることであり、もちろん僕の奥底に眠るなにものかも求めていることなのでもあろう。