2026/3/3 心の声が聞けなくて

2026/3/3 心の声が聞けなくて

15時に起きる。まだ12時くらいだと思った。今日の支度をしなければいけないのにしていない。朝早く起きてするはずだったのにもうこんな時間になっている。もう少し寝ていてもいいのではないかと思う。まだ早い。いや早くない、もう少し寝させてくれ。疲れているのか。いや疲れてはいない。じゃあどうして寝るのか。起きたくないから。だって朝早く起きるはずだったって言ってたじゃないか。それはそれ、これはこれ。もう起きないとまた中途半端なことになって自己嫌悪が増してこの前の自分になってしまうのだぞ。確かにそれはそう。でもそれはそれ、これはこれ。まだ寝させてくれ。寝かせてくれ。寝てたって何の解決にもならないじゃないか。先週も同じようにギリギリまで寝てたせいであんな失態を犯したんだから。同じ轍は踏まないって昨日あれほど自分で言ってたじゃないか。それはそう。でもまだ大丈夫、まだいける。それ先週も言ってたじゃん、同じプロセスを同じように辿ったらそれはまた同じところに行き着くってどうして分からない。分かる、わかってる、それはよく分かってる。じゃあどうして、またどうして同じことをするんだい。どうしてだろう、まだやらなくていいと思ってるから、あるいは夢の中であれば何も傷つかずに済むから、誰も傷つけないから。夢の中であれば心をえぐるすべての痛みがやわらいで温かさの中に包み込まれる気がするから。そんなのまやかしだよ。なんだってそんな分かりやすい引っかけに引っかかってるのさ。そんでこの後の授業では自ら「この問題は引っ掛けでね、引っかかっちゃいけませんよ、先週もやったね」なんて大仰な顔していうんだろうけど、君自身がまんまと引っかかってるじゃないか、先週と同じ問題にね。うん、それはそう。そんでもって、これはこれ。花粉がひどいから。起きると鼻水が止まらなくて何も集中できない。身体の中の液体という液体がすべて鼻に集中して流れ落ちてくる。目が焼けるように疼いてくる。くしゃみは一度出たら三回四回出るまで止まらない。こんなんでまともに考えられない。雨が降っている、外を出歩きたくない、寒い、人より感覚器官が敏感だから過剰に寒さを感じて動けない。もしかしたらうつ病なのかもしれない、こんな時間まで寝てるなんて精神の異常をきたしてるんだよ、無気力症候群だと思う、病院で診断書をもらってくれば納得するかい、やる気が起きない。生きる気力がない。

急いで身支度をしてカフェに行く。時間がなかったので身なりを整えていない。目やにがついている気がする、寝癖もあるかもしれない。鏡で自分の顔を見ずに家を飛び出したから。自分の顔を見る気が失せる、見たくもない、視界に入れたくもない、鏡を素通りする、見なかったことにする、なかったことにする。でもラッキーなことにマスクをすればある程度無かったことにできる。もはやSNSのアイコンか何かを顔にくっつけて外に出たい。自分の顔という顔を遠ざけていきたい。マスクをしてなければ無精髭も目の下のクマもあらわになって浮浪者みたいに見えるだろう。

とりあえずタバコを吸う。心の栄養をタバコで摂取する。落ち着く、そういえば朝飯を食っていない、タバコが栄養になるのかどうか。こんな不健康な時には紙のタバコに限る、アイコスは不衛生な人間には似合わない、紙タバコであるべきだし身体も紙タバコを欲する。それはそう。身体が一番僕のことをよく分かってる、自然の摂理をよくわきまえている。身体の赴くままに進めば大抵のことはうまく行くのではないか、理性よりも感性を、そういってこんな体たらくを見るとますます何を信頼すればいいのか分からなくなる。でも論理に従えるほど従順な人間ではないし理性ほど嘘つきなものもないと思う。

ページを捲る。文章を追っかける。ページを閉じる。タバコを吸う。何もかもがバカらしくなってくる。一体この文章になんの意味があるのか。読解力を鍛えてその先に何があるのか。自分の意見を持たなければなんの意味もないのではないか。とはいうものの、そんな大それた考えを自分一人で貫けるほど強くない。大袈裟に受験批判を繰り広げられるほど賢くないし肝がすわっていない。支度をしないといけない。仕事のことで何か言われるのが怖い、自分の力のなさを批判されるのが怖い、傷つくのが怖い、他の人と違っていると思われたくない。他の人と同じように涼しい顔をして仕事をしたい、傷つきたくない。心に鎧を纏わせたい。

ページを捲る。文章を目で触る。文章が敏捷に僕の視線をかわす。何も読み取れない。大事なところを線で引く。大枠の論理を紙に書いてみる。全然違う気がする。どうしてこの解答が1なのかが分からない。解説を読む。よく分からない。論理のつながりを意識して読もう。前で書かれていた内容と、その次の傍線の内容をつなぎ合わせて読もうとする間に前で書かれていた内容を忘れている。繋がりのへったくれもない。もう一回同じものを読んでいく。それを覚え覚えしながら傍線の箇所を読んでみる。前の内容がするりと手からすり抜けていくのがわかる。そうなると傍線の内容は絶対に分からない。解説を読んでも身に染みてこない、覚えられないからよく分からない。前の内容を記憶し切れるキャパシティーがないから。いや単に記憶力の問題な気がする。これでは話にならないのでタバコを吸う。もうやめる。今日は体調不良で休みということにしよう。さぁ電話をかけるか。スマホの動作が急に重く感じられる。電話をしたくない。電話嫌いというか電話でのコミュニケーションの億劫さが何よりも苦手だ。何を話せば良いか急に分からなくなる。自分の話すターンがなかなか回ってこない気がしてならない、やっと回ってきたと思って話すと、相手の言葉とかぶる。相手の声が聞こえづらい、難聴なんではないかと思う。自分の声が吃る。相手も聞きづらそうにする。ああやめよう。そんな煩わしい思いをするくらいなら仕事をする。もう少し考える。

電車での道中、小難しい論理を頭の中に思い描く。日本人による西洋文明批判には限界がある。理性的に論理明快に急所をつこうとすると逆に西洋人の落とし穴にハマる。そもそも過去の日本文学の中で適切に急所をついた批判があったか。ない。日本文学に現代批評の資格なし。資格なし!

イランとアメリカの紛争についてネット記事を読み漁る。アメリカがハメネイ氏を殺害した。イランの最高指導者たるハメネイ氏を。どえらいことだと思った。国際法は遵守されているのか、多分されていない。それで良いのか。イランではここ数ヶ月反政府デモがあって多くの死傷者が出ているということだった。核開発も合意に至っていない。あんな恐ろしい核を小国が持ったって何にもならないのは北朝鮮を見れば分かる。あとは何がどういう論理でイランを敵視しているのか、幾つもの記事を読んでみても記憶力のない自分には分かるはずもなかった。とりあえずイランの最高指導者(86歳だったらしい)を瞬殺した。一瞬で最高指導者その他幹部40人(その妻と孫も含まれていたとか)もろとも、爆撃でぶっ放した。はぁ恐ろしいな、アメリカ様様だな。僕もアメリカの核の下でぬくぬく過ごしていくしかないなと思った。しかしトランプ氏の暴走に批判のコメントも多い。というより批判的コメントしかない、批判で溢れている。そもそも核合意をしたオバマ氏が悪いという奴もいた、実際にイランの弾圧は非人道的だというものもいた。僕はよく分からない。どれが真実でどれが嘘なのか、ウクライナとロシアの時と同じように、何が正しくて何が間違っているのか、情報が錯綜して収拾がつかない、もちろん僕の頭ではそれらをつなぎあわせることができない。

それはそうと、今回に関してもロシアの時と同様の感覚を心の奥底に感じる。それは愛や平和みたいなのどかな言葉で片付けることのさらさらできないもっと心奥から湧き上がってくる小さな細胞たちの歓喜の歌声だった。奥底に蠢く(うごめく)黒くドロドロした細胞たちの群れが今か今かと待ち焦がれていて、さぁやっとこの時が来たとばかりに憤然と暴れ狂う、心奥の歓喜の歌声だった。