「悲劇」について考えを巡らせながら「今日好き」を見る。※記憶で語っているので少し誇張していたり人物が混ざっていますので悪しからず。

最終回なので今までの旅をダイジャストで振り返っていくシーン。ゆあがカイトに何度もアプローチを掛けるも反応がどうしてもそっけない。雰囲気がそもそも合っていないというのもあるかもしれないし、ゆあのおてんばな性格と落ち着いたカイトの性格がどうやったって磁石みたいに反発し合うようにしか見えない。でもこれは今日好きの宿命なのかもしれないけれど、一度決めた人にはストレートに思いをかけ続けないといけないし、または振られそうだからとまた別の人にと食い漁るようにいってしまうと視聴者から不評を買ったりそもそも今日好きの「純粋な高校生」のイメージと乖離してしまう。だもんでゆあには最初から悲劇のようなものが内包されていた気がしてならない。でもそれを止めることも離れることもできず、それと分かりながらも終局へ向かって人生が回収されていく。死神が待ち構えていたとばかりに彼女を包み込んで物語が集結する。終局へ向かわないと物語は終わらない。逃れることが出来ない、一歩そこへ踏み込んでしまったからには死神に捉えられないといけない。どんなにもがこうと別の道を探ろうと手を打てば打つほどに死神のワルツが耳から離れなくなっていく。そんな終わりのない迷路のような高い壁が眼前に聳え立っているような深い悲壮感を、彼女から感じてしまうしそれは自分自身にも言えるのではないかと思う。
気づくと別のシーンへ進んでいる。それぞれ最後のアピールタイムで思い思いの方法で自分の想いを伝えていく。コタロウは趣味である写真を駆使してスマホで撮ったものを画用紙いっぱいに入りつけてその時の思い出を語っていく。はるめちゃんと初めて喋ったバスでのこと。緊張し過ぎて目を見て話してくれないといっていたことから少しづつ考えを改めて面と向かって話せるようになったこと。一緒に乗ったヘリコプター、そこからみた景色の美しさ、その景色を眺めるはるめちゃんの横顔を美しさ、その両者が合わさって自分のかけがえのない記憶として目に刻まれていること。そんな感じのことを写真を見ながら語っていた。一方はるめちゃんは相手に配慮はしながらもすでに気持ちは固まっている様子。そしてそれもコタロウは途中から、あるいは初めから分かっているような雰囲気があってそれらがなんとも言えないものの哀れさを醸し出す。「気持ちはわかるんだけど、」「一緒にいて楽しかったんだけど、」その逆接の表現が来てしまってからもうあらかたその後の想像がついてしまって、後の言葉がよく思い出せない。多分コタロウもよく覚えていないと思う。でも健気で拙い文字で画用紙に「はるめのことが好きだ」って書いてあったのにはグッときた。それが偽りのものか演出のものか抱き合わせのものか判別がつかないながらも。

悲劇についてChatGPTに問う。「悲劇とはそれがうまくいかないと知っていながらもそこから抜け出せない人間の悲哀」ということらしい。死というものがそもそも悲劇と言っても差し支えないのではないか。あるいは生こそが、そこに人間の悲哀を常に内包している。知っていながらも必然的にそこから抜け出すことが叶わない。それを西洋ではドラマチックな終焉を迎えることで人々に名状しがたいカタルシスを与える。壮絶な別れや劇的な死によって迎えた終局と破滅。そしてそれで物語が完成する。東洋の悲劇との比較も勝手に検討してくれる。東洋の悲劇は同じような構造で展開されることはありつつも、そも構造自体を疑い、または悲劇そのものを解(ほど)いていく方向へ向かうという。そもそも悲劇は人間の主体性が強すぎるあまりにもたらされる破滅であるので、主体性に重きをおかない東洋思想では壮絶な死によるカタルシスは人々の感興を得られない。それよりも主体性を解体する、解(ほど)いていくことによって悲劇自体を宙に浮かせてしまう。そう言ったものが日本にも「方丈記」や「平家物語」にも現れている。「祇園精舎の鐘の声、盛者必衰の理を表す」のである。主体性を解(ほど)く、紐解く、中に浮かせるという言葉が印象に残る。
さて、ゆうひちゃんとりおっちが木陰に佇みながら最後のアピールタイム。二人はこれまでもノリが合っていて話が弾んでいたから、成立濃厚のように思っている。もう一人のユウマとかいうやつはずっとゆうひちゃんの可愛いさについていけずに目を見て話すことができていない。しかもゆうひちゃんより年下だからどうしても弱々しく見えてしまう。それと比べてりおっちはお得意のギャグも合わせつつ相手を楽しませながら場を盛り上げているのでゆうひちゃんも話していて楽しそう。なんだかこういうノリだけで生きているやつというのは個人的にイケすかない感じがするのでルックスも抜群なゆうひちゃんを奪われることが癪に触るのだけれど、まぁ雰囲気もあっているので成功するんじゃないかと思う。最後もサッカーのリフティングをかっちょ良く決めているりおっちはまぁまぁ決まっていた。ゆうひちゃんも満更ではない様子。夕陽のあたる大木とそこに2人がもたれかかるシーンは絵的にも美しくてよろしかった。淡い夕陽の木漏れ日がゆうひ(夕陽でマッチしてて良いね)ちゃんを照らしていて、ミニスカートの絶妙な長さとチェックの柄、そして白い健康的な太ももがなんとも言えない調和を成していて、今すぐにでも彼女を抱きしめてやりたい想いに駆られてくる。カメラのアングルも良かったのかな。いいシーンであった。

さて本命のとあちゃん。カイトくんが2日目に怪我をして病院に行っていたせいでアピールが足りていないことは明白。夜のツーショットで関係は深まりはしたものの、まだ完全に信頼し切って好きとなるところまではいっていない。それにしてもとあちゃんは他の子にもまして純朴で誠実で健気でひたむきで、日本人が忘れかけていた心の奥底のアイデンティティーを呼び起こしてくれているような気さえする。別のシーンでとあちゃんがコタロウ(だったかな)に対して、優しくしてくれるのは嬉しいけど、あまりにもお姫様扱いしてくれるのは自分にとっても相手にとっても良くないと思う、お互い対等な立場で接していけるようになりたいって、素直な透き通った目で話していて、これはもう僕の心にも突き刺さった。ただ温順でほんわかしている天然な子だと思っていた自分が180度考えがひっくり返されたし、自分のことについても考えさせられた気がしたし、あぁもうこの率直でひたむきな心こそがこの世界を幾分かまともなものにしてくれるんだと思った。そんな実直なトアちゃんなので危ない橋は渡らないに違いない。まだまだ何も相手のことを知れていないのに一緒にこれからを歩む道に飛び込もうなんてヘマはしないはずだ。さてカイトはどうするのか。しかしこのカイトのアピールが圧巻であった。今まで見た来た中で一番心を動かすアピールであったと言っても過言ではないかも知れない。少しくキザでナルシストが入っているような気がしないでもないけれど、それにしてもああいうストレートな愛の言葉は刺さる人には刺さる。僕も中途半端にロマンチストなところがあるからたまらなく思ったけれど、とあちゃんもとあちゃんでこれには頬が緩んでいるのが垣間見えた。最初はまだ知れていないことも多いし考え中、という態度を崩さず心を開かないぞというそぶりを見せていたにも関わらず、あの圧巻のアピールをされてからは目が乙女の目になっていたからこれはもう決まったものなのではないかと思った。というより僕自身がやられてしまった。まぁでもこういうのって刺さらない人には刺さらないからなぁ、だって僕も同じようなことをしてうまくいかないことが何度もあったから、なんてカイトくんに忠告してやりたい気分にもなんったが、まぁまだ高校生だしこのキザな感じでそのまま突き進んでいってほしいなと思う。そしていつの日か悲劇に直面せんことを切なくも哀れにも喜ばしくも思う自分であった。
告白タイム。定番の海辺で夕陽が見えるシーン(しかしゆうひちゃんにぴったりだな、そもそも夕陽という名前自体が良い)。ユアちゃんがカイトに告白する。告白しないと思っていたけれど、番組的にせざるを得ないのか、ユアちゃんも初めから上手くいかないと知りながらも砂浜の上に立つ。もうすでに涙が浮かんでいるような気さえする。無理だと分かっていながら告白せざるを得ない気持ちというのはなんとも言い難い。でもその切なさのために泣き崩れるようなゆあちゃんではない。そうして周りの同情を買うようなタイプではなく、彼女はもっと強くて我も強い。でも強いからこそ脆い、弱い、すぐに涙腺が崩れてしまう。でも泣きたくない感傷的になんか同情なんかされたくないから思ってもないような強がりな言葉を口にする。「あんまりにもそっけないから、ムカついた」「そんなナヨナヨばっかりしていると好きな人に嫌われるよ、もっと男らしくシャキッとしな」と無理に口から吐き出していたのはもちろん本心からではないというのはみんなよく分かっていた、と思う。もしこの発言を誹謗中傷するような輩がいたとしたら彼らには若い心の美しさを知らない哀れな人間なのだろう。彼女の言葉がグッときた。言葉というよりもその態度や仕草やそして最後に流した一粒の涙、その美しさに、彼女の未来が明るいことを感じ取った。どうか彼女の未来が明るいものでありますように。
ユウマとりおっちを前にしてゆうひちゃんが夕陽をバックに佇む。決めかねているような、もう決まり切っているような、そんな神妙な面持ちで二人を見つめる。淡いサンセットが砂浜を叙情的に包み込む。さぁりおっちか、不成立か。まさかユウマはないであろう。さて、そのまさかであった。ユウマとの成立、アベマさんの大どんでん返しが見事に決まってさぞ編集者たちも満足げな顔をしているだろうと思った。決め手がいまいちわからなかったけれど、雰囲気というか落ち着いていて不慣れで素朴な感じが良かったのだろうか。成立が決まってもユウマはまだ実感が湧かないらしくくねくねそこらを歩き回ったり目も合わせられない様子でなんだか情けない男だなと思った。早く抱きしめて祝福のキスでもすれば良いのに手を触れることもなくただただ驚いている。これでは先が思いやられるな。去り際に夕陽ちゃんから一言、「私リードしてほしい、リードしてもらえないと無理なの」という言葉がもうこれは悲劇の始まりな感じがした。彼は年下にも関わらずこんな美人な子をリードできるわけがない。あまりにも高嶺の花だと邪険に扱いたくても扱えないし、どうしても一歩引いてしまうのだよね、僕も同じだ分かるわかる。リードなんて無理だと思う。彼らの未来に幸あれ。

とあちゃんとカイトくんはすんなり成立した。これで成立しなかった時にはとんだ黒歴史を作ったものだといつまでも笑い話にされるだろうなと思ったけれど良かったね。1話で見た時から僕はこの二人に成立してほしいと思っていたから尚更嬉しかった。特にカイトのつんとした感じと、でも心に情熱を秘めていざという時にその炎を燃やさんと虎視眈々と虎のように獲物を見るようなそんな深い野心に満ちた黒い瞳が、なんだか自分の瞳でもあるかのように感じていて、二重に応援しているような感じがしていた。自分は熱い情熱を心に秘めながらも結局それが外に開かれることはなくって、心の中で消火不良を起こして感情の灰だけが奥底に沈澱して腐ってしまったような感じであるから、そうならずに済んで良かった。彼らの未来は明るいか。いや分からない、成立した後のカイトのスキンシップの多さというのは幾分気にはなるしそもそもあのホストみたいなキザな決め台詞というのはどう足掻いても危うさの裏返しでもあるから、それがこれからどう露わになっていくのか、そしてその危うさにあの純朴純粋を絵に描いたような日本の絶対精神たるとあちゃんがいかに向き合って乗り越えていくのか、実に見物ではある。悲劇的な未来がどうしても頭を掠めてしまう僕の汚れた考えを、どうかあの健気でひたむきでこの日本の忘れかけていた何ものかを感じさせてくれるとあちゃんが、払拭してあまりあるほどにさせてくれたら幸いであるし、それをしてくれる力があの瞳の中にはすでに含まれているはずだと直感的に思うというより思いたい。彼女にはどうしても悲劇というものが見当たらない、それはカイトに付きまとうものであってトアちゃんには決してまとわりつかないようなものであって、どう巡り巡っても彼女にはそういう不幸が巡ってこないであろうことを感じさせる。そういう明るい将来が見えてくる。彼女らの未来に幸あれ。
