※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。僕の周りの出来事、経験を記したものでもありません。想像上の出来事です。
ある女性に恋をする。
僕は君のために生きていきたいような気分さえする。
君が他の男と話をしているのを見ると心につっかえができた感じがする。
君が他の男と他愛もない話をしていると想像することでさえ心がモヤモヤしてくる。
恋をするということは思い悩むことである。源氏物語の一節にあった気がする。
君は多分僕を惑わせようとしている。僕はそれに気付きながらもその惑わしに逆らうことができずに、さらに君のことが気になって気になって仕方がなくなる。それは意識的にやっているのか無意識的にやっているのかよく分からないけど(無意識的にやっているんだとしたらもうそれは悪魔のようだ)、男を手玉に取る天性の才能があるように感じる。まるでマルチ商法の詐欺師みたいだよ。駆け引きが抜群に上手いんだ。
女性のタイプもそれぞれあって、僕のことが好きでストレートにそれを表してくれる純粋なタイプであれば、僕はとても安心する。僕を見ると飛びついてくるように話しかけてくるし、僕が髪を切れば、すかさずそれについて話しかけてくるし、物珍しそうに頭上を眺めてくるのが僕には分かる。簡単な方程式を解いているように、2×2=4で物事は解決する。変数をxと置く必要はないし、数もせいぜい九九が言えれば事足りる程度だ。
なんならしばらくそっけない態度を取って泳がせておいて、相手を惑わせておいても特に問題はない。いづれ僕の元に戻ってくるということはよく分かっているから。他の女と仲良さそうに話して嫉妬を煽ってどうしても僕に気を引かせるようにする。もうどうにもならないって顔をしたところで久しぶりに話しかけて目一杯褒める。容姿を褒めることもあれば内面を褒めることもある。その女性によってまちまちだが、特に容姿にコンプレックスを持っている子の場合はなおさら大袈裟に容姿を褒めてあげることだ。一時的にその子だけの僕になってあげる。そしてまたそっけない態度を取れば良い。その繰り返しを続けれいれば、その子の心を持続的に奪い続けることができる。
僕は思うんだけど、キャバクラとか風俗とかそういうお金を払ってサービスを受けるというシステムがやっぱりしっくりこない。キャバクラには一回先輩に連れて行ってもらったことがあるし、風俗にも数回行ったことがあるけど、やっぱり何だかトキメキがないと言うか、その子の身体は奪えても、心を奪えていないことが何よりも心苦しいというか。そもそも風俗に行ってもあまり気持ちよくなかったんだけど、それは相手の心が見え透いているように感じていたからなのかな。別になんか性欲をコントロールできているとかそういうことを言いたいつもりはなくて、相手の心を奪えていないことが大きく影響するということが言いたいんだよ。
それはそれとして、君はそういう意味ではとても心を奪うことが難しく(というか心を奪えているという確信が持てない、そしてその確信を持たせないように上手く君が調整している)、僕に好意があるのかどうなのか掴みづらいタイプの女性だ。そしてそれが僕の心を駆り立てる。
この前はこんなことがあった。
君は僕と目を合わせて、話しかける素振りを見せて近づいてくる。僕は君の動きを瞬時に察知して「いつでも大丈夫だ、君と話す準備はできている、アイムオーケー、早く話したい」という視線を送り返す。その視線を君は受け取るのと同時に、僕のいるその目の前で方向転換して、別の男のもとに行って話をする。まるで僕に見せつけるかのように。
「近づいて来てる私を見て、もしかして私が好意を持ってるとでも思ったの?あなたなんかには別に興味ないわ。」とでも言わんばかりに。別の男との会話に、僕は不覚にも聞き耳を立てざるを得ない。他の女とどうでもいい会話を楽しくしながら、君の会話に神経を注いでいるその姿を、君は恐らく心の中で笑いながら見ていることだろう。
「あなたって優しいのね、尊敬しちゃうわ」そんな会話を僕にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの音量で聞かせてくる。今思い返すと、実に策士だと思う。でもその時の僕は君に夢中にならざるを得ない。相手はどんな奴でどんな話をしているのか、とてつもなく気になってくる。もっと詳しく聞きたいし、僕の方が優れた人間であることを誇示したくてたまらないし、何よりも僕の存在に気付いて欲しい。僕は早々に、目の前のどうでもいい会話を終わらせる。何を話していたのかも思い出せない。適当な理由をつけて(君からすると見え透いた嘘に見えるに違いない)、周りを見回した後、あからさまに(あまりにも不自然に)君に話しかけにいく。君は「かかった」と言わんばかりの表情でそっけなく対応する。少しく君の胸元から谷間が覗かせているのに気づき(もちろんそれは君が用意した罠だ)、僕はそれに夢中になって、もっとそれを見たい、より鮮明にそれが見えるような角度を探す。顔が異様に上下して、黒目が不自然に下方向へスライドしていく様子を君は間違いなく感じている。魚が餌にかかる様子をこうも間近に見れるものかとほくそ笑んでいるはずだ。それでも僕は、夢中になって胸をほんの少しでも鮮明に見えるような角度を探していく。もちろんどう頑張っても同じようにしか見えない。どんなに角度を変えても見える範囲はほとんど変わらない。高等数学を存分に使って計算された罠のようにさえ感じる。もしかしたらこちらの角度からならもっと見えるかもしれない、と試行錯誤するうちに、君はスラリと立ち上がって夢はついえてしまう。モヤモヤだけが僕の心に充満する。
帰り際に君は「ご褒美」と言わんばかりに僕に近づいて、「ちょっとは満足したの?まだまだ私への愛が足りないわね」という目線を(もちろん発言はしていない)、僕にくれる。「たまらない」と僕は思う。