ふと思い出したこと。
高校の時の話。現代文の先生は野球部の顧問で熱血指導が売りの生徒にも人気な先生だった。うちの高校出身で野球部に所属していたらしい。顔つきや体型からしていかにも野球部という感じで声は動きも溌剌ではっきりしたまっすぐな性格、といっても頭ごなしに怒ってくるような先生ではなくってちゃんと生徒のことを思いながら話を聞いてくれる。先生自身も野球部をやっていたから疲れて学校の授業に身が入らない気持ちというものが理解できていたんだろう。出来ないからといってキツく怒ったりせずに教え諭すような、そんな先生だった。大学は確か明治大学で高校からの流れでそのまま野球をやるつもりだったけど、怪我をしてしまったせいで在学中はずっとマネージャーとして選手を支えていたとか。大学の頃の写真をどこかで見せてもらったことがあるけど、神宮球場で同僚に胴上げしてもらっている写真だった。どういう役割だったか分からないけど、選手たちを支えて胴上げされるまで感謝されるというのは相当な実力があるのだと思った。卒業後は最初に大手の飲料メーカー(高校生が毎日口にするような超有名企業)に勤めてしばらく過ごしていたということだが、全国の自動販売機に意味もなくペットボトルを補充する作業に嫌気がさして(確かに嫌気が差しそうだ)、もともと興味があった教員採用試験を受け直して、めでたく母校に教員として戻ってきたということらしい。僕が高校の頃には30過ぎだったともうけど、話を聞いただけでもすごい経歴だなぁと思った。野球部ということもあって熱血という印象だったけど、授業は論理的で受験も見据えた内容となっていたし、学校の授業はどの先生もはあんまり人気がなかったけど、その中で一番といって良いくらい人気があってみんなある程度寝ずにちゃんと授業を受けていたことを覚えている。そんな先生が珍しく熱っぽく僕らに語りかけてくれたこと。
「皆さんが感じている悩みのほとんどは時間が解決してくれます。なんだってそうです。今ある自分の悩みを思い浮かべてみてください。『定期テストの数学が心配。英語の先生が怖くて嫌だ。部活動の先輩とうまくやっていけるか不安。好きなあの子にどう思われているのか分からない。』ほら、そのほとんどが1週間2週間、まぁ少なくとも1年すれば解決する問題ですね。今思い悩んでいることでも、だいたいが人間関係に関することだし、その人間関係ってのは必然的に変化していきます。時間とともに解決されるんです。思い悩むことはありません。ほとんどすべてといっていい問題が、取るに足らない大したことのないものなんです。今思い悩んでいる人がいたら、こんなふうに考えてみてください。それは大学に行っても社会人になっても同じことです。思い悩むことは人生を生きるということと同義であって、その苦しみからは逃れられない、と同時にその苦しみも時間が経てば必ず消え去っていくものです。それが人生を歩むということです。我々はずっと立ち止まっているわけではないですから。地球が回転するのと同じように変化し続けています。変化し続けるということは悩みも吹き飛んでいくということです。大丈夫です。皆さんの未来は明るい、そして何よりまだまだ若い。将来に夢と希望を持っていれば必ずいい未来を切り開くことができます。そうでしょう。」
みんな納得している様子だった。僕らの高校は男子校でいじめとかもなくて(たまに殴り合いの喧嘩をする奴はいた、僕も一人の友人を殴ったことがある)、基本は平穏な高校そのものだったけど、勉強だったり受験だったり部活だったりで悩む人はもちろん多かったと思う。そんな生徒を心配して言ってくれた言葉だ。模範的な高校教師だな、と今では思う。
でもその当時の僕は、「そんなのは嘘っぱちだ」と思った。「僕が、この僕自身が、『死にゆく運命にある』ということそのものの問題はどんなに時間が経ったところで解決しないものだ」と思った。「未来は暗い。生きるということそのものに暗い影が常に付き纏っている。生まれたその瞬間から死への道にしか通じていないという事実。別の扉は閉ざされている、どころかそもそも存在すらしない。一直線に死への道程を巡っていくだけだ。何が『悩みは解決される』だ。全くもって解決されない。すべて嘘っぱちだ。今この場で『人が死ぬということについて先生はどう考えてますか?』って質問したっていい。なんも答えられない。だって解決しえない問題だから。それ以外の取るに足らない問題が解決されたところで、根本の問題が解決しないならもうどうにもならないのさ。先生ヅラしてるがお前も死ぬんだ。優秀な人だって優秀じゃなくなって死ぬもんは死ぬんだ。イチローだって死ぬんだ。200本記録だっていつか止まるんだ、そしてその記録も消えてなくなる。覚えている人も必ず死にゆく運命にあるから。意味のない気休めはやめてくれ。いっそのこと『皆さんが感じている悩みはほとんど解決しません、死ぬまで悩み苦しんでください、これが生きるということの意味です』っていってくれた方が清々する。まぁそんな勇気お前にないだろうがな。とにかく僕らの悩みの根本問題は解決されないということだけが約束されている。生まれ変わり?そんなことどうだっていいけど、もし僕が生まれ変わって人間にまたなれるとしてどうだろう。地球の寿命を知っているか?この地球は、この太陽系はあと50億年で爆発して消えてなくなることがすでにもう決まっていることなんだ。どんなに僕が生まれ変わったところで、この僕という存在を永遠に残し続けることはできないのさ。つまりどう考えたって僕という存在はこの世界から消えて無くなるということが運命付けられてる。別の惑星にワープする?ノンノン。この宇宙全体だって寿命はきっとあるんだ。そもそもビッグバンの大爆発でできた世界なんだから、最後は収縮するかまた爆発するか、消えて無くなるに決まってるさ。宇宙の外側はどうなってるかって?そりゃもう無だよ。何もない。そして僕らはそうなることが運命付けられてる。この苦しみをどうやって解決するかって問題。もちろん解決しえない。死ぬ最後のその瞬間まで苦しみ続けるし僕自身を永遠に残すことは必ず叶わない。生きる意味という問いそのものが滑稽に聞こえてくる。バカらしいと思う。」
そんなふうに考えていたことを思い出した。
僕は自然科学というものの弊害について考えてみる。科学者は我が物顔で宇宙の真理を追求する。宇宙の始まりはどうなっていて、この後地球はどうなっていくのか。宇宙が始まってから数秒のところまでは数学的に論理立てて理解できるところまで来ているらしい。ただ宇宙の始まりの瞬間、あるいはその前はそもそも時間が存在しないのでよく分からないという。あともう少しで宇宙の誕生とその神秘的な真理を解き明かすことができるということだが果たしてその努力はいったいなんのためにあるんだろう。その邪悪な真理のせいで僕は僕を見失っていたし今も失いかけている。科学的な真理が僕らの首を絞める、僕の息を詰まらせる。地球の成り立ちや宇宙の始まりを考えると息が苦しくなる。僕らの存在がいかにちっぽけな存在で無意味なものであるかということを証明しているだけだ。科学を突き詰めれば突き詰めるほど、僕らを殺しているという事態に気付いていないのだろうか。宗教を信じていた頃の方が幸せだったのではないか?神が世界を作り、神に似せて僕らは作られ、そして死後は神のもとへ誘われる。息が詰まる思いはするだろうか。
You really messed up everything
You really messed up everything
If you could take it all back again
Strike up the tinderbox
Why should I be good if you’re not?
This is a foul tasting medicine
A foul tasting medicine
To be trapped in your full stopTruth will mess you up, truth will mess you up
Truth will mess you up, truth will mess you up
Truth will mess you up, truth will mess you up
Truth will mess you up, truth will mess you up
Truth will mess you up (All the good times)
Truth will mess you up
(*repeat)When you take me back
Take me back again
When you take me back
Take me back againYou really …
You really …
お前は全てをめちゃくちゃにした
お前は全てをめちゃくちゃにした
もしお前が全部なかったことにできたとしても
俺が火種をぶちまけるよ
お前がいないなら、俺は良い子でいる必要なんてないんだ
これはひどい味の薬だ
ひどい味の薬だ
お前が打った終止符に捕らわれてしまう真実はお前を破滅させる
真実はお前を破滅させる真実はお前を破滅させる
真実はお前を破滅させる
(ああ 良い頃合いだ)お前が俺を連れ戻したら…
Radiohead /Full Stop
お前が俺を連れ戻したら…
「Truth will mess you up」
Radioheadの曲はどう解釈すれば良いか分からないし、どういう意図で書かれたのか知らないけど、僕には科学の誤謬を語っているようにしか思えない。