その時々の一瞬の感覚というものが蔑ろにされているのではないかと思う。一瞬相手に腹を立てて拳を振り上げてみたり、夕暮れの淡い風景の一瞬に心を奪われてみたり、女性のしなやかな曲線に欲望を覚えたり、そのどれもが自分の感覚に根ざしたかけがえのない体験であって、誰にも奪われてはならない。それを写真に撮ったり動画にしてみたり、文字としてネット上に記録されることで全てが失われていく感覚がある。いつまでも残り続けることによって、感情的になることを避けようとするし、咄嗟に憤ってしまうことに対して後から自分を振り返った時にどう思うかを常に念頭に入れて黒歴史なるものを避けようとする。画像や映像で残り続けることを前提において日々の景色を見、ありふれた光景が何事もなく通り過ぎていくのをただ傍観するようになる。今この瞬間というものがどんどん遠ざかっていく。

昼過ぎに起きる。メジャーリーグの試合はすでに終わっていて、YouTubeで大谷のホームランのシーンを何度も繰り返し見ることができる。しかし早起き出来なかった自分に絶望し、彼らの活躍を見るのが忍びない。日々自己を奮い立たせ、目的に向かって努力し続けている人らを見ることが出来なくなる。彼らを見ると自分が殴られているような気分になる。今日はもうデジタルデトックスしよう、YouTubeを見なかったのは見れなかったのではなく敢えて見なかったのだということにしよう。主体的にデジタル端末から距離を置こうとした結果、YouTubeを見なかった、またはデジタルデトックスをしたせいで目覚ましに気づかず寝坊してしまったということにしよう。僕は悪くなかったのだ、と。
メシを食う。食パンを一枚齧る。新聞を読む。まだ京都の行方不明事件は解決していないということだった。事件発生から2週間、黄色いリュックサック以外何の手がかりも得られていないらしい。こんな不可解な事件を聞くと、僕はいつも目が離せなくなってしまう。何の痕跡も残さずに一瞬にして人が姿を消す。そこには何某かの超常的な力が働いているのやもしれない。いやもしかしたらその背後の息を潜めている犯人がいて、警察の手から逃れようかと何か手をこまねいているのかもしれない。不可解であればあるほどひきつけられていく。もしかしたら僕の身の回りにも理解の追いつかない現象が起きるやもしれない。すでにそんな現象に飲み込まれているのかもしれない。考えれば考えるほど、ゾッとすると同時にワクワクもする。
朝井リョウの記事が載っている。新聞は現代のSNSの時代にどのような役割を果たすのか。ありきたりなことしか書いていなくてがっかりした。あと何かもうひとつ気になる記事があった。書こうと思って記憶に留めておこうと思ったのに忘れた。自分にがっかりした。さっき読んだ記事も覚えられない。昨日見た景色も記憶できない。付き合っていた女性のこともよく覚えていない。すべてデータに保存されているから、覚える必要がないからなのか。忘れたいと思っている記憶だからなのか。僕の記憶力がないからなのか。
駅まで散歩した。まだ桜が残っていた。満開といえば満開かもしれない。暗くてよく見えなかった。風が強かった。春の嵐が吹き荒れる。花粉はもう治った。欅の青々した若葉が麗しかった。西陽に照らし出された若葉がエメラルド色に輝いて、南国の海の爽やかな景色を思い出した。ビルの隙間風が僕の頬をなぞった。冬のなぞり方よりも春のなぞり方の方が好意的で暖かだった。もっと早く起きて春の陽を浴びればよかったと思った。
コンビニでおにぎりを買ってイートインコーナーで食べる。味噌おにぎり。うまい。味噌の塩辛さが舌に染みる。うまい。赤飯おにぎり。普通。いつも普通。普通だからこそいつも食べる。これより普通の食べ物を僕は知らない。味の濃いおにぎりと相性が良い。うまくも不味くもない。記憶に残らないことによってその効力を発揮している。自分みたいだ。レッドブルも飲む。うまい。スッキリする。スマホを見る。YouTubeを見る。デジタルデトックスをなかったことにする。tiktokを見る。行方不明事件についての考察を流し見する。ネット記事を見る。何も見たくないのに見る。もう情報に嫌気がさしているのに見る。こんなことやっていても意味がないと思っているのに見る。自分に嘘をつく。他の人が見ていなければ嘘をついたことにはならないと思う。自分自身に嘘をつくということは他の人が見ていなければ成立しないのだと思う。「今日好き」が今日スタートするという記事を見る。金沢トアちゃんが可愛らしいなと思う。

カフェに入って本を読む。小川洋子の「博士の愛した数式」。普通。これを読み終わったら次は何を読もうかと思ってChatGPTに聞く。以前「横光利一に似た西洋文明批判の日本文学」と調べたら、「多和田葉子・村田沙也加・川上弘美・平野啓一郎・小川洋子」と出てきたので順々に読んでいった。無駄な時間を使いたくないのでこうやってまとめてくれると非常に助かる。その作家にも多くの作品があるから、失敗しないようにアマゾンレビューを見て代表作と思しきものだけを読んでいく。次はどうしよう。無駄な作品を読みたくない。時間の無駄をしたくない。なるべく学びになるようにしたい。前回生年月日占いをして自分の性格上ハマるであろう日本文学を挙げてもらったら意外にもしっくりきたのでそれを読んでいくかもしれない。「大江健三郎・古井由吉・川上みえこ・村上龍」。

今日好きレビュー。お馴染みの教室が映し出されて、メンバーの顔合わせと自己紹介から始まっていく。レナちゃんとはるめちゃん。れなちゃんはシンバポールに住んでいたこともあるようで、英語も達者らしい。長い黒髪を掛き上げている様が洋風で顔は幼いながらも大人っぽい雰囲気を漂わせる。性格もはっきりしていて若干キツそうで軟弱な僕には合わないだろう。はるめちゃんは高1なのでほぼ中学生、顔が幼くまだあどけない雰囲気もあるが、十分可愛い。ただリップが濃すぎてもう一歩清楚さに欠ける印象。今日好きが初めてで張り切りすぎたのかもしれないが、もう少し素朴な雰囲気が欲しい。そんなにタイプではない。
とあちゃんが入って来る。可愛い。純朴で実直な瞳をしている。高校生たるもの、こうでなくてはならない、と思う。ポニーテールにしたその後ろ髪が揺れる。揺れるたびに男どもの視線を釘付けにしているだろうことを思う。ちょっとアホっぽくて天然で、気が強くなさそうなのも好感が持てる。「出身は?」「趣味は?」「特技って何ですか?」という質問にポツポツ答えている様があどけなくてどこか心もとなくて頭を撫でてあげたくなる。僕はこの子に決めた、もしあの場に僕がいたらすぐさま狙いを定めて落としにかかるだろう。いやしかしあのお淑やかでおっとりしたタイプはあまりガツガツいき過ぎると、引いてしまうかもしれないので場合によってじっくりじわじわいくかもしれない。いやだからこそ押しに弱いかもしれない、となれば直球ストレートで行くのも良いかもしれない、とまたも鏡も見ずにありもしないことに想像を巡らせてしまう。
他の女の子。ゆあちゃん。節操がないので興味なし。場を盛り上げてくれそうなので味方につけておくとこれはこれで役に立つ。仲良くはしておこう。ゆうひちゃん。すこぶる可愛い。これは可愛い。前にいたあやなちゃんくらい可愛い。とびきり可愛い。しかし騙されてはいけない。「継続できてくれて嬉しい」と他の男子に言われた時、顔を赤らめながら恥ずかしそうに「そんなこと初めて言われた」風の態度を取っていたが、あれは嘘だ。騙しに来ている。あんなに可愛い子が慣れていないわけがない。純朴なフリをしている。なれていないフリをしている。はじめましてのフリをしている。目の奥の真意を読み取りなさい。あの手の女に僕らは何度騙されてきたと思っているんだ。とにかく彼女と話をしてはいけない。話したら負けだ。思わせぶりな態度を取って結局断って来るから。あぁもうとあちゃんしかいない。男子諸君はすべてとあちゃんに命を賭けて落としにいくのが良い。それ以外に道はない。僕はもうとあちゃんに絞った。素早く見極めることが重要である。今日好きは人生における多くの示唆を与えてくれる。
