2026/4/11 浪人時代の面影 -『日本の思想』『超国家主義の論理と真理』-

2026/4/11 浪人時代の面影 -『日本の思想』『超国家主義の論理と真理』-

自伝的小説を書きたいと思ったが、いかんせん昔の記憶がない。どう書こうにも全く糸口が掴めない中で、影響を受けたマンガやゲーム、アニメ、を中心にして書いてみると一本の線で繋がっているようで、うまく書けそうだった。幼少期からのことを書いているがまだ世に出せそうにない。一旦浪人時代によく読んだ本をまとめてみようと思って書いた。


浪人時代に合間を縫って本を読んだ。朝9時から授業があって午後3時まで授業があることが多く、それからまた自習室にこもって8時まで勉強。好きな科目はともかく、苦手な英語を結果が出るかも分からず勉強し続けるほどに自分は真面目ではなかった。15分ごとに休憩と称して音楽を聴いた。当時ハマっていたペン回しをした。外に出て意味もなくコンビニでカロリーメイトを買った。炭酸ジュースを買ったりコーヒーを買った。眠気覚ましにガムをかんだり飴を舐めたり。一度何を血迷ったのか、アタリメイカを歯を食いしばりながら食ったら集中できるのではないかと思って自習室で食べたら、部屋中がイカくさくなった。実に申し訳ないと思った。いかに集中せずに気を紛らわすかばかりを考えていた。あるいは嫌いなものは脇に置いて、好きなものばかり夢中で追いかけていく。やらないといけないのは分かっているけれど、それを後回しにしてやりたいことばかりに勤しんでいく。もう手遅れだろうということになってから、思い出したようにあぁやらないとまずいとなって、さも穢れたものであるかのようにに手をつけ出す。もちろんもう取り返しのつかないことになっている。あるいは取り返しがつかなくなっているのには気づいているはずなのに、気づかないフリをしていつまでも臭いものには蓋をする。蓋をし続ける。勝手に這い出てこないと思い込んでいる。でもそれが動物だろうと虫だろうと、抑圧された感情だろうと、結局は滲み出て来ることになる。他の人に言われるまで気づかないフリをする。あるいは床が水浸しになってきはじめてやっと気づいたフリをする。そんなのは高校時代から今でも変わっていない。

さて、浪人時代に丸山眞男の「日本の思想」を読んだ。自分がアカデミックの世界に入り浸るきっかけになった本かもしれない。元々中学や高校の時から、日本史、とりわけても明治維新後の歴史に興味があった。幕末から明治にかけての日本が近代国家として自立していく様を学んでいくと、東洋随一の発展を遂げた日本というものに誇りすら覚えてくるようであった。自我やアイデンティティというものが明確に築ききれていない時期にそれらを耳にして、僕のアイデンティティ、自分の拠り所となるものが日本という国家であり、その歴史を受け継いでいくこと自体が自分のなすべきことではないかと大仰なことを思ったりもした。戦後は歴史的経緯からもどうしても反日的な、日本の歴史に対して懐疑的に見る自虐史観が大勢を占めていたと思うけれど、僕らの時代くらいから、それも一段落して日本の歴史を肯定的に見ても良いのではないかという傾向が少しづつ強まっていったような気がする。今の日本は右傾化しているということもよく言われることだろうけれど、その分岐点は90、00年代に当たるかもしれない。バブルが崩壊して経済大国としての誇りを喪失し、または隣国の中国の台頭で危機感を感じたせいかもしれない。

それはそうとして、自分は近代日本の歴史に対して素直に先祖の成し遂げたことを誇りに思い、そしてそれを継承する、またはかつての輝かしい日本を取り戻すようにしなければならない、そう思っていた。日清・日露戦争、日韓併合にしてみても、それを時系列で学んでいくとまさに日本の花が徐々にに咲き誇らんとしている様は圧巻という他なく、授業を受けれれば受けれるほど、自分自身が肯定され、承認され、誇りを持てるような気がした。ある時、授業の先の話が気になった僕は兄貴に聞いてみた。

「ねぇねぇ、日本って日中戦争も勝ったの?」

まだ先の行方を知らないことをジレったく思ってネタバレを求めたのだった。

「うん、まぁ勝ったようなもんだね。中国政府は内陸の方に逃げてったから、なかなか追い詰めることはできなかったけど、実質中国に日本を追い返す力がなかったのは明らかだね」

「へぇ、そうなんだ〜」

と冷静を装い返事をしたものの、心の中ではなんとも表現し難い高揚感に満たされていったのだった。日本の先祖はすごいぞ、とてつもない快進撃で周辺諸国を蹴散らし、西洋列強に肩を並べるまでに発展していったんだ、と。西洋列強と肩を並べている様を頭に思い描いては、自分も同じように鼻が高い気分になった。しかしそれがみんなの知っての通り、太平洋戦争で全てが消失していくこととなる。日本はどうしてあのような無謀な戦争をしてしまったのか、あんな負け戦さえしていなければ、戦後の日本はもっと豊かで今もより良い社会だったかもしれない。ある時中学の友達が言った。

「あそこで日本が戦争に勝ってれば今頃英語なんて勉強せずに日本語が公用語になってたんじゃね。ほんとあの近衛とかいう無能のせいで俺らが外国語を学べなきゃならなくなったんだぜ、ほんとあいつら呪ってやりたいわ」。

その発言に対して僕はそれとない返事しかしなかったが、内心「その通りだ、もっと言ってくれ」とさえ思っていた。

さて、どうして日本はこんな戦争をしたのだろうか。

それを思想の面から読み解く本が丸山眞男の「日本の思想」であった。日本の歴史と輝かしい近代化に誇りを感じていた自分にとって、それらをすべて根底から覆すような衝撃を伴った。現実の人物や事件いかんよりもその日本人の精神性における脆弱性をあらわにし、西洋には追いつこうとも追いつけない後進性を暴露することで太平洋戦争へ向かった軍国主義の日本を大胆に批判した。さらに「超国家主義の論理と真理」ではより深く日本の軍国主義における指導者の曖昧さに焦点を当て、いかに彼ら戦時中の指導者が精彩を欠いていたか、そしてそれがいかに日本の思想という日本人の本質からもたらされているのか、ということが累々と述べられていた。軍国主義の批判に留まらず、その精神性にまで射程を広げて大胆に日本人自体を批判するという発想が自分としては斬新で、自分の拠り所ともいうべき近代日本を貶された気分になりこんなの出鱈目に決まっているという反応は一部あったが、ただその鮮やかな指摘には舌を巻く他なかった。一時期はそれに歯向かって反論しようと試みようとしたものの、ここまで追い詰められては如何ともしがたく、輝かしい日本の歴史に対して疑問を投げかけた方がどう考えても論理的だししっくりくる、という結論に至った。全てを反駁して日本の歴史伝統文化に誇りを持ち続けるよりも、それらを翻して批判的に捉える方が論理的だし、圧倒的に僕の心が楽であった。日本を肯定し続けるのは精神的に苦しかった。論理的に矛盾の塊になった。それらを読んで僕はリベラル的な思想を強くしていった。そういう意味で彼の本は、自分にとって大きな思想的転換であり、アカデミックな分野に興味を持つ出発点だったと言えると思う。

つまりこれはあらゆる時代の観念や思想に否応なく相互関連性を与え、すべての思想的立場がそれとの関係で ー否定を通じてでもー 自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった、ということだ。

丸山眞男『日本の思想』よりP.5

「神道」はいわば縦にのっぺらぼうにのびた布筒のように、その時代時代に有力な宗教と「習合」してその教義内容を埋めて来た。この神道の「無限抱擁」性と思想的雑居性が、さきにのべた日本の思想的「伝統」を集約的に表現していることはいうまでもないだろう

同P.23