「紙タバコとアイコス」
駅のはずれに喫煙所
点々とする雑居ビルに
せり出す看板のせわしなさ
曇天の気配が寄り添うように
ため息をつきながら
「数字しんどいなぁ」
とアイコスの男が呟き
「いやぁ厳しいなぁ今月は」
と紙タバコの男が相槌を打つ
カラスが屋上の貯水タンクで戯れている
「もうなんかどうしようもないんだよなぁ」
と眼鏡を外して眉間をこすなりながらアイコス
「いやでもさ、全体が売れてないんだからしょうがないだろー」
紙タバコは灰を落としながら言う
「そうなんですよね、新百合と瑞穂がこんなに落ち込むとは思わんかったです」
レッドブルを取り出して片手で開けるアイコス
昼下がりの缶の音
「毎年な、あれだよ、6月になるとなんか数字悪くなるんよ、生理現象だよ、だからまぁ慌てんな」
アイコスの肩を叩いてふらりと消えてゆく
紙タバコの香りとカラスの鳴き声
そして深いため息がせわしない眺めを包み込む

「テラス席」
芝生にすりすり
手を擦り付けながら
仰げば雲の大海原
パントマイムみたいに
口をつぐんで
流れてちぎれて重なって
もとの雲は見当たらず
腰を起こして風に揺れ
目を細めれば
レインボーブリッヂと
グレーの水面と鳥の声
米粒みたいな自動車と
アリンコみたいな大型トラック
ゆっくり流れて
換気扇の音だけが
静かに時を刻む
「誕生日」(数年前に書いたもの)
窓の外から雨音が聞こえる。
僕の生まれた日は晴れていたらしい。
暑くてたまらない、そんな日の昼間に僕は生まれた。
「洸」という字は、水面に光が反射する美しい光景から、
「樹」という字は、父親が自然を愛していたから。
30年が過ぎて、
夜が更けたこの安アパートの窓に、
光は差し込まず、
弱い雨音だけが響き渡る。
そしてMacBookのキーボードを叩く無機質な音。
IKEAで買った安い蛍光灯の灯り。
飲みかけのレッドブルと、
食べかけのロールケーキ。
そこに自然を愛する僕は見当たらない。

ここに言葉を足すのは無粋ではあるけれど、数年前の日記から現在の詩作へと転じていくさまというのがこの最後の一文に要約されているように感じる。「そこに自然を愛する自分は見当たらない」という表現には言葉にならない痛切な切なさがあり、そしてそこには微かに希望を見出しうる余地も、残している。
