2026/7/16 最近のこと、詩作のこと、ポエマーのこと

2026/7/16 最近のこと、詩作のこと、ポエマーのこと

「と思った」

タバコを吸いながらタバコを吸いたいと思った

音楽を聴きながら音楽を聴きたいと思った

画面に触れながら画面に触れたいと思った

波に呑まれながら波に呑まれたいと思った

目を閉じながら目を閉じたいと思った

夜明けを見ながら夜明けを見たいと思った

毎日生きていながら毎日生きてみたいと思った


小説の続きが書けなくて、といって詩もよどみなく浮かんでくるわけでもない。でも長ったらしい文章を書くよりかはまともに表現できるので暇つぶしに書く。何もしないと心の中に膿が溜まってどんどん体全体が沈んで落ちて堕落していくようで、すべての感情がこもって圧縮されて滞って、なんだか得体の知れぬ魔物でも生まれ出てくるような気がしていたから、身体の外に詩という形で吐き出されるのは精神衛生上も良いと思う。

今日感じたことを短い言葉に凝縮するというのは意外とむつかしい。何かあると自分が言葉のかぎりを尽くして説明してしまいたくなる癖がある。そのくせそれ相応の言葉や語彙を持ち合わせていないのだから、全てを語り尽くせない自分自身に嫌悪感を抱いて結局書くのをやめるというのがいつもの流れである。でも詩の場合は、特に俳句や短歌もそうであるけれど、自分の感じはことを短い言葉に凝縮しなければならないので、いい意味で説明が省けて良い方向に進む時がある。今まで無駄なことに労力をかけていたのではないかという気がしてならない。自分の感覚を的確に捉えてそれを一つの言葉に託すことができればそれ以上のことはない。長々説明する必要がなくて。

それに自分の場合、詩にしたいと思うのは自分の今まで感じてきた鬱憤だったり心の満たされなさ、でもあるのだけれど、それだけだとどうしても詩にならなくって、その日その時周りから感じ取ったままの生の感覚が不可欠になる。これは詩が必ずそうというわけではないようで、自分の性質がそうなのだと思う。今日散歩をして、そこで感じた夜風の感覚とか、夜見た月夜の輝き、道端で香ってきた百合の香り、一瞬すれ違った女のハイヒールの靴音、または街灯の光とスマホの青白い光、、、。まぁ外に出れば感じ取れるものは無限にあるのでそれらをもとに、もともと持っていた心の違和感や満たされなさを加えていくというようなやり方で詩ができる。出来ると言っても完成度が高いとは思えない。現代詩の雑誌に応募してみようかと思ったけど、めんどくさいのでやめた。そう、それで自然を呼吸するようになる。意味を求めることよりも、自然を呼吸することの方が圧倒的に価値があることだと思われる。自然から受け取ったものを自然に返す行為が詩を作るということでもある気がする。普遍的な意味を求めるというのは、自然の流れを止めることではないのかな。目の前の輝きを止めて氷漬けにするというか、時を氷のように止めるというか。そうなると呼吸ができなくなる。窒息する。満たされながら窒息する。

ただ詩だとなかなか表現しきれないものもある。例えば恋愛感情とかより複雑な心理描写とか、心の内奥にうごめく空虚感とか。まぁとにかく短い言葉で表現しきれないものはどうしても小説の体裁を取らざるを得ないような気がしてくる。そしてそれを表現しようと思っていくつかエッセイや小説の断片を書いてみる。一部それっぽいものはかけるはかけるのだけれど、いかんせん続きが書けない。一つの断章で終わる。その次を描こうとしても手が止まる。うーん、なんでだろう。物語が進んでくれないというか、物事をうまく描写しきれないために自分に絶望して書くのを諦める。もう少し詩もそうだしエッセイとか短い断片をいくつか書いて練習するしかないのかなと思う。でもそんな悠長なことをやっている暇は全くないというのは自分がよく分かっていて、自分で自分を急かしてやり場のない、捌け口のない焦燥感みたいなもが巡りに巡って頭の中で追いかけっこを始めてその騒音で夜が眠られなくなる。なので昼過ぎに起きて頭がぼっとして文章を書く気にならずに夜から仕事に行ってうまくいかなくってまた自己嫌悪に陥り、それでもう小説を書くという愚なことはやめようと心に誓う。でももう自分が身を立てるには小説しかないと思う。詩人では、ただのポエマーで生きていけない。ポエマーになろうとは夢にも思っていなかったけど、でも意外と自分はポエマーの気質があるのではないかと思って気づけば毎日詩を書き溜めている。うん、自分はポエマーくらいがちょうど良いのか。そういう人生なのか。32歳、自称ポエマー。逮捕されたらさぞ恥ずかしいだろうと思う。

そもそも詩を書くということがこの世に全くと言っていいほど役に立たない。実用性のかけらもない。詩を書くことで誰かの生活が楽になって幸せに過ごしていけるようになるとは全く思わない。まだコンビニバイトの方が生活の役に立っている。でも自分はポエマーになっている。意味があるのかさぁ説明してみろと自分が言う。そしてまたつまらない屁理屈を思いつく。つまり僕は社会に出ると甚だ迷惑をかける人物である。仕事をすると決まって人を傷つけたり会社の不利益を被る。悪気なくただ自分の仕事のできなさに起因するものによってもたらしてしまう。つまり社会に中に入り込めば入り込むほど社会に害を及ぼすのである。そうなのであれば社会から距離を置くこと、あるいはポエマーになることの方がもはや社会の役に立っている。適材適所だと思う。社会の役に立たないものが社会の中にいるのではなくって、いらないものは自然の中に寝そべって詩を書いていた方がよっぽど社会の役に立つ。というわけで僕は詩を書くということが自分にとっても社会にとっても良いことだと思うのでそれを続ける。自称ポエマー。というよりもっと経済原理をもっとまともに働かせればいいと思った。神の見えざる手。彼がこちらに手招きをした。

何を書こうとしていたのか忘れた。そう、小説は書けない。断片だけ書いてる。感想が聞きたい。でも聞く人もいない。もう少し頑張ってみたい。でも書けないから遠回りしてみる。いつになったら完成するのか、知れない。いつになったら夜が明けるのか知れない。そしてまた夜が明けてきた。小鳥のさえずりが聞こえる。夜明けのさえずり。「夜明けのさえずり」というつまらないブログ名をいい加減に直したい。


「荷物」

半日寝てたのに

肩がずっしり

外に出ても

陽を浴びても

風呂に入っても

身体の裏に

はりつく荷物が

取れなくて

ゆっくり呼吸が

できなくて

ベッドに転がり

重たい身体の

なかで眠る