2026/11/1 いつも季節は秋だった 〜飲み会にて〜

2026/11/1 いつも季節は秋だった 〜飲み会にて〜

会社の飲み会があって同僚や上司と久しぶりに話した。どんな話ができるだろうかと、ワクワクする気持ちもあった。自分が日々感じている閉塞感や息苦しさ、倦怠感。そんなものを共有したり自分の考えていることを話したら、彼らもさぞ舌を巻いて僕に一目置くのではないかと思った。

早速ビールが運ばれて飲み会が始まると、結婚や子供、育児などのありふれた生活の話に終始した。子供ができるとやっぱり日々の生活費が馬鹿にならない。食料品の価格や光熱費、ガソリン代や交通費もどれも上がっているから一人の稼ぎじゃどうしても賄いきれない。今はまだ奥さんは働きに出ていないけれど、もう1、2年すれば働いてもらうつもりだという。そういえばみんな、スマホのホーム画面を子供の写真にしていた。鼻筋が似ているとかエクボがそっくりだとか、あるいは全然似ていないとか、似てなくて良かったとか。僕は一言「似ているなぁ」と呟いた。

または家賃やマンション、そしてその間取りや住宅価格が異常に高騰しているということが話題に上がった。都内のタワマンはゆうに1億くらいするらしい。23区内で住めるのは本当の富裕層に限られるから俺たち貧乏人には無理だと。そもそもそれを買える人は一体どういう職についているのか、医者やユーチューバーくらいしか買えないんじゃなかろうか、と。

それらを遠くの出来事のように、外国のニュースを聞いているように感じつつ、それでも羨ましいなぁという気分にもなる。自分に奥さんがいて、子供がいて、毎日送り迎えをしたりお風呂に入れてあげたり、寝かしつけてあげたり。なかなか寝付かないから、夜中に車に乗せて夜景を見せに行ったり。そんなこと自分にできるだろうか。そもそも自分は車の免許がないのだった。

レモンサワーを飲む。いつの間にか氷が溶けていて、締まりのない薄まった味がした。割り箸を逆さにして意味もなく掻き回してみる。

乾杯でグラスをコツンと当てるたびに、なんだか自分が自分じゃないような感覚になる。自分でグラスを持ち上げているのに、自分で乾杯しているのに、空虚で乾いた音が耳に伝わった。

目の前にいる同僚の顔は乾いていない。神妙な面持ちで、子供の育児についてどうしようかと言い始める。まだ3歳の子供だけど、将来はどう教育させようか、塾に行かせるか、中学受験や小学校のお受験はどうするか。妻とはあまり詳しく話してないが、どうも意見が対立しそうで心もとない、と。自分は自分の反省からより教育熱心というか、ある程度の方向性をつけてあげるのが親の仕事だと思っているけれど、妻の方はどこまでも自由放任なところがあってすでに食い違いが見えつつある、という。

とりあえず浪人と留年は絶対にさせたくない。でも自分は留年したタチだから、それを子供に知らせるべきか黙っておくべきか、どうすればいいだろう、と。「親が留年したと知れば子供もそれに甘えて留年するだろう」という意見と、「わざわざ言葉にしなくてもなんとなく親が留年したというのは感じ取ってしまうだろうから正直に言ってしまうべきだ」という意見。あるいは「言っても言わなくても行き着く先は同じだからそんな細かなことはどちらでも良い。つまり人生はメリーゴーランドみたいなものだから」という僕の意見。そして僕はそのつまらない屁理屈を言葉にはせず、レモンサワーの薄まった味と一緒に飲み込んでしまった。

そんなやりとりに彼はじっくり耳を傾けていて、それでもはっきりとした結論までは至っていなかった。でも僕には彼の顔が、悩んでいるというより、楽しんでいるようにさえ見えたのだった。

僕は席を立ってトイレに行き、一息つきながら壁に貼られている「世界一周旅行」のチラシを見てなんだかホッとした。僕が大学時代も居酒屋に行けば、こんな夢物語を宣伝するチラシがそこかしこに貼られていた。今でもあるんだなと。

そして喫煙所に行って一人タバコを蒸す。白い煙がもくもく立ち上って狭い喫煙所をより狭く感じさせる。でもなんだか、それが居心地良く感じられる。誰もいないのでしゃがんで上を見つめる。壁を見つめる。煙が消えていくのを見つめる。卓上でグラスを手にしている時よりも、なんだか生きている感じがする。

座席に戻ると、直近で仕事を辞めた新入社員の話で持ちきりだった。「まず挨拶ができない、定時ですぐ帰る、そして仕事を覚えようとしない、熱意が足りない」ということだった。「まだ仕事を覚えられないというのはいいよ、それは分かる、初めてなんだからみんなそんなもんだろう、でもそれを自覚して自ら工夫して覚えようという気概がない、熱意がないんだよ」とそんな話。僕はそれとなく話に乗っかって、彼らの熱意が感じられない点について1、2の具体例を交えると、またグラスがコツンと鳴った。

さらに話は別の元社員の話に移った。彼は仕事を辞めてから急にライターを志すようになったらしい。今までそんな話題なんてほとんどしないようなやつだったのに、海外の思想や哲学に触発されたとかで、noteに長文のエッセイを定期的に載せるようになったという。その内容は、「近年のコンプライアンスの遵守や合理的システムに、日本の心が悲鳴をあげている、その現状を自分たちの力で打破しない限り我々の心は急速に病んでいくだろう」とかそういう内容。僕はやっと自分の出番がやってきたと思って口を開こうとすると、周りのものたちは矢継ぎ早に彼の悪口を言い出した。「海外の思想にかぶれただけで何も「自分たちの力」なんて持ってはいないじゃないか。心が悲鳴をあげているなんていうけど、彼の心がただ貧弱なだけで、その弱さを全世界にまで押し広げて考えるなんて被害妄想この上ない。そもそも仕事も碌に出来なかった奴が社会を変えようと言い出すのが末恐ろしい。寒気がする。あぁ熱燗が飲みたくなってきた」。ワハハ、笑い声に包まれて場はさらに盛り上がった。

そうこうしているうちに飲み会はお開きになった。「いやー早かったね、あっという間だった」。周りの声が背中に聞こえてきて、僕はほてった身体にコートを羽織り、外に出た。

2、30人ほどが円を成して久しぶりに集まれたことを幹事が嬉しそうに話していた。また同じように集まりたいという旨を語りつつ、二次会の話が持ち上がった。僕はそれを片耳で聞きつつ、ポケットに手を突っ込んで最寄り駅の方へ歩を進ませた。

道すがら、アスファルトの歩道に枯れ葉が落ちていた。僕はそれを強く踏みしめると、クシャッと音がした。風が吹く。ほてった身体にひんやりする。コートのボタンを一つ閉じる。月が見えた。目を細める。こころなしか、翳って見える。

落ち葉に、夜風に、月明かり。いつも季節は秋だった。