2026/9/28 あっちこっちそっちってどっち

2026/9/28 あっちこっちそっちってどっち

靴下を放り投げて横になる。家に帰って一息つくと、きっと投げやりな気持ちになる。表面を覆っていた膜が剥がれていって、同時に天井からドッと疲れがのしかかってくる。それですぐにジャケットは脱ぎ捨ててズボンもスウェットに履き替えて、ベッドの中に潜り込む。リュックもそこらにほったらかしておいて、本だけ取り出しておくけどこれも椅子の上に転がっている。何もやる気が起きない。網戸の外から雨音が聞こえる。早く帰ってきて良かった。濡れずに済んだ。窓は閉めるか閉めないか。

とりあえずアイコスを蒸して体力を回復しようと思う。寝転がりながらスマホを片手に煙を吐く。特に見るものがない。でもYouTubeのおすすめ動画を更新する。インフルエンサーが踊っている動画を眺めて、かつてどこかで見たことがあるようなないような感じがよぎったところでアイコスを吸い終える。いつの間に。部屋の中でアイコスを吸うのをやめたいと思う。部屋に匂いがこもってしまうから。でも体力維持には欠かせないのだ。そのくせ部屋の隅にはルームフレグランスが置いてあって香りには気を遣っているのである。

体力が一日持たない。休日に昼から動いていて帰ってくるともう身体の充電が20%くらいになってている。スマホの方が持つと思う。しばらく運動をしなくなったせいというのもある。筋トレをしてみたりランニングをしてみて体力をつけようとしたこともあったが続かない。そもそも身体だけの問題でもないと思う。人が多い場所に行くと無限に情報が頭に入り込んでいってすごく疲れる。特に話をするわけじゃないけど、聞こえてくる会話とか着ている服装とか自分がどうみられているのだろうとかどうでもいいことが全部一挙に押し寄せてくるのかもしれない。それで何もしていないのに無意識に情報を処理することに気を使いすぎて思ったよりも疲れる。もっというと人に見られている時はまともにいようというプレッシャーが強すぎるので常に気を張って歩いているような気がする。別に誰も見てないしそもそも誰とも会話をすることがないのだけれど、そうはいってもまともに見られようというつまらない虚栄心が働いて肩に力が入っているんだろう。もう嫌だ。

じゃあ外に出ないで引きこもっていれば良いじゃないかと言うとそう言うわけでもなく、外に出ないと一日が始まらない。カフェで本を読むだけなら家でじっとしていても良いものだと思うかもしれない。確かにそうすれば疲れることはないのだし、無駄な出費も節約できるし他人の目を気にすることなく過ごせるだろう。でもどういうわけか外に出る。損するのが分かってても、気づいたら外にいる。そして身体も心も傷ついて家に帰ってくる。そういう定めなんだと思う。

今日も銀杏の臭いに顔をしかめながら駅へ向かった。毎日通っていると流石に嫌気がさしてくるので今日は別の道を選んで銀杏臭くならないように歩こうかと思ったけど、結局思っただけだった。そういえば蝉の声がしなくなった。サンダルもいつの間にか革靴になっていた。イチョウの葉っぱはほんのり黄色味が浮かんでいた。

コンビニに行ったら珍しく野菜ジュースを飲みたくなった。一時期ビタミンCが不足しているんじゃないかと思って野菜ジュースを欠かさず毎日飲んでいた。確かに毎日飲んでいると体調が良くなるようなならないような、まぁ悪くない感じだった。特に爪の先が黄色くなってくるとタバコの吸いすぎでビタミンが不足しているということらしく、しばらく飲んでいたら普通の色に戻っていた。でも他に目に見えて大きな変化があったかというと別にそういうわけでもなく、気づけばまた飲まない日が続いていって爪が黄色くなっていた。オレンジジュースみたいな味で美味しい。野菜ジュースも色々あって苦味が強いものもあればドロドロした食感ものもあったり、多分良薬口に苦しだからほんとはそういうもののほうがいいのだろうけど、今日は久しぶりに飲むので口当たりのいいものにした。というよりかは飲んでみたら口当たりが良かった。

カフェに入って本を読む。前に座っている青年が勉強していた。ルーズリーフを出してスマホを見ながら何やらメモをしている。グレーのパーカーにキャップをかぶっていて、少しヤンキー味がある。でも参考書も開いているから浪人生っぽい。よく分からない。ちょっと怖い。話しかけられたくない。黙って本を読む。

ドストエフスキーの「地下室の手記」。過剰な自意識によってどんどん自分を追い詰めていく様は他人事ではないなと思う。考えれば考えるほど、思考の渦がトグロを巻いて自分に迫ってくる。その渦の中に呑み込まれると気付かぬうちに社会から引き離されて、自然から切り離されて、生きることからも見放される。そしてその悪循環に本人自身も気づいている。思考の連鎖が自分を苦しめているということに気づいているのに、そこから逃れられない。結局たまたま会った娼婦に説教を延々とし続けて終わる。救いがありそうでない。罪と罰の序章という感じがする。何だかこういうのを読むと自分自身も思考の波に呑み込まれてしまいそうになるのであんまり続けて読まないほうが良い気がした。

関内駅で降りて散歩する。そのまま桜木町の図書館へ行って本を借りる。どうしても電子書籍だと読めない本があったのでそれを借りるのと、あと気になった本をもう一冊。席について読もうか迷った。でもすぐ外に出た。図書館は静かすぎて落ち着かない。みんな勉強しているのでむしゃくしゃする。ドトールくらいが僕にはちょうど良い。タバコも吸えるし。スタバは論外。

飯を食おうと思いつつ駅に向かっていたら、横浜にある牛カツ屋に行きたくなった。そしてその近くに喫煙所もあるので好都合。疲れたので一駅分だけど電車に乗る。交通費だけでも毎月バカにならない額になっていると思う。でももういいんだ。忘れてくれ。

牛カツ屋でたまには高いものを食べてみるかという気になって、上ロースカツ膳を頼む。いつもはロースカツ膳、というかそれしか頼んだことがなかった。気分が上上なので上ロースだ。と意気込んでいたのに普通のロースカツ膳とあんまり違わなかったので気分が下がった。味噌汁を最後まで飲み干したらすこぶるしょっぱかった。でもしょっぱい味が身に沁みた。家の味噌汁は塩分控えめなので少し物足りなさを感じることもある。だからたまにお店で味噌汁を飲むととんでもない落差にたまげる。そして何故だか気分が上がる。

喫煙所の近くに小さや占い屋があって、一度でいいから行ってみようと通りかかるたびに思う。今日こそはと思ってのぞいてみたら、メガネをかけた白髪のおじさんがスマホを開いて退屈そうに座っていた。あれが占い師か?とすら思われるけど事実そうなのだろう。占い師ですらスマホに毒されているのかと思うと何だかまた気分が下がってきた。彼らには彼らの世界観をいつまでも保っていてほしい。間違っていたって良いのだ。もはや間違えていてほしい。間違え続けていてほしい。ペテン師で十分。もはや騙されていたい。壺だって買う。

駅前をぶらぶらする。ルミネで秋物のアウターを探そうとするも人混みで気分が上がらない。ところに光沢の美しいシャツが目に飛び込んでくる。触ってみるととんでもなく心地良い。25000円。いつも着ているシャツはウール50%ポリ50%で、こちらはウール100%。全然肌あたりが違う。なめらかなことこの上ない。素材の棍率が違うからなのか、そもそも上質なウールを使っているからか分からないけれど、着たらさぞかし肌が喜ぶことだろう。すると店員に声を掛けられた。黙ったまま会釈した。試着はしなかった。

改札口へ向かうと、さらに人が多くて気分が乗らない。押し寄せてくる人の波をかき分けていく。甲高い靴音が響き、若者の笑い声、すれ違いざまに擦れるリュック、アナウンスの音が繰り返され、改札の機械音が手元で鳴る。

一人になりたい。見たくない。聞きたくない。感じたくない。

電車の窓から眺める景色。女子高生のミニスカート、ヘソにピアスを開けた女。

帰りたいけど、帰りたくない。